農林水産省が平成27年(2015年)から実施した「日本食普及の親善大使」。 任命には、日本国内および世界各国で日本食・食文化の魅力を広く効果的にアピールする広告塔としての役割を持ち、且つ、海外の日本料理関係者に対して日本食・食文化の普及に関して的確なアドバイスを行うことが出来る人物であることなどが条件となります。
平成25年(2013年)「和食」がユネスコ無形文化遺産登録されたことにより、もっと和食・日本食文化を世界に発信すべく「日本食普及の親善大使」の任命が始まりました。
ドイツ国内においては、平成29年(2017年)にフランクフルト市内の日本食料理店「鮨元」の坂元三徳料理長が任命され、今年、平成31年・令和元年(2019年)にはミュンヘン市内の日本食料理店「TOSHI Restaurant & Bar」の代表取締役社長小畠利雄料理長が任命されました。
ドイツでは日本食が早い時期から流通していました。 リトル・トーキョーことデュッセルドルフの日系企業ならびに日系在住者の功績で「日本」と「ドイツ」の関係性が良かったこともあり、「日本食」も比較的受け入れられやすい環境にあったことも一因かもしれません。 日本食のブームはおそらく90年代以前〜前後の地道な活動で下地が作られ、1997年にキッコーマンがオランダに生産工場を立ち上げたことにより、醤油のスムーズな流通と普及化が欧州内で広まったこと。 また、数年後のマルクの廃止・ユーロの開始による欧州内だけでないエキゾチックなものへの関心と「新しい文化の受け入れ」がブームとなっていたことの相乗効果もあったのでしょう。
特に「日本食」文化の普及で大きな動きがあった30年の変換期に、ドイツ4都市で普及活動を行った2019年「日本食普及の親善大使」小畠料理長に、お話を伺いました。
小畠さん:「元々は大阪あべの辻調理師専門学校フランス校卒業後、フレンチを目指していたが諸事情あり、いくつかのレストラン勤務を経験し、キッコーマンに就職。 フランスへの海外研修を目指すが、当時の湾岸戦争などのためビザの取得が難しくなりました。 1991年、フランスの隣国でもあるドイツ・ケルンへの赴任の話があり、受諾。 そこからドイツでの生活がスタートしました。」
ケルンには3年ほど滞在した後、94年にベルリンへ。 当時のドイツの中でもベルリンの壁が崩壊し、東西の文化が開き、その熱量に惹かれた外国人も多くいるというまさに文化のるつぼでした。 そのような背景の中、元々鉄板焼きがメインだった店でお客様側のご要望から寿司の提供を始めます。 当時のドイツでは和食はヘルシーという認識はあったものの、刺身はまだまだ苦手な人も多かった時代にもかかわらず、です。
97年にはデュッセルドルフへ転勤。 日系企業も多いことから、当地のドイツ人は比較的日本食に慣れ親しんでいました。 そして、98年にミュンヘンに。 ミュンヘンは今でこそ華やかで大都市のイメージがありますが、実際は他地域に比べてもかなり保守的な街。 デュッセルドルフとは対照的に日本食レストランはとても少ない街でした。 ミュンヘン市民は一度受け入れると手放しで歓迎する反面、よくわからないものへの警戒は強く、苦戦しながらも鉄板焼きと寿司を地道に広めて行きます。
91年の渡独から10年ほどの間に、何度も本来の目的地でもあるフランスにも通った結果、ドイツの生活や日本食との関係性に面白さを感じた結果、2002年、ユーロの始まりとともに、現在のTOSHI Restaurantを開業されました。
小畠さん:「例えば、味噌はあるけれど、種類が無い、西京味噌なんて無い。選択肢の余地がありませんでした」
当時は最低限の和食材は揃っていたものの、その種類の少なさからバリエーションが無かったそうです。 今ではドイツ人にも定番の柚子胡椒、当時は存在すら知られていませんでした。
運営面では、度重なるドイツ人との折衝、立ちはだかる言葉の問題もあり、日本では常識がドイツでは非常識という文化の壁もあったとのこと。 この点は現在も当時も同じですが、当時の方が日本食が知られていない分、アタリも厳しかったことは容易に推測できます。
印象的な違いは「カウンター席の扱い」です。 日本ではお一人様や常連のお客様が好んで座る席ですが、ドイツでは席が無い時に時間を潰すための席というイメージのせいか、誰も座りたがらなかったという点。 現在、TOSHI ではシェフと話も出来る人気席になりましたが、当時では考えられなかったそうです。
小畠さん:「数ある名レストラン、有名レストランの中から日本食が、自分のレストランが選ばれた事で、地道に日本食を広めていった一つの集大成になったと思いました。」(2015年 Schlemmer Atlas * レストランガイドでドイツ・オーストリア・スイスの’ das ausländische Restaurant des Jahres ‘受賞に対して)
最初に実感できたのが、少しずつドイツ系メディアに取り上げられる機会が増えたことです。 ドラマの1シーンとして店舗が撮影に使われ、テレビの題材として取り上げられたり、紙媒体のメディアでも「日本食レストラン」としても、「ベスト・レストラン」としても取材され始めました。
いくつか大きな賞も受賞している中でも特に嬉しいことがふたつ。 1つ目は本場のミシュランガイドに掲載されたこと(現在、連続して10年間!掲載記録続行中)
*ミシュランガイド michelin 、ガイドブックに掲載されるには、食事の質はもちろん、席数、設備状況や従業員が二カ国語でサービスが出来る事、など厳しいチェックがある
2つ目は2015年に受賞したSchlemmer Atlas * レストランガイドでドイツ・オーストリア・スイスの’ das ausländische Restaurant des Jahres ‘ に選ばれた事です。 この賞は指定地域で経営されている全ての外国人経営のレストラン(アジア、イタリア、トルコなど全て含むドイツ以外)から1店のみ選ばれます。
*Schlemmer Atlasは1973年から刊行されているドイツとドイツ近郊諸国5000近いレストラン情報を掲載しているレストラン・ガイドブック
小畠さん:「ドイツでは特に、「人としての理解を深めてもらう」という事が大事です。 ドイツ人とのコミュニティーに積極的に参加し、ネットワークを広げて、人となりを知ってもらった上で自分の文化である「日本食」を知ってもらう事が「日本食普及の親善大使」の役割の一つです。 そして、これまで通りの地道な活動に加えて、まだまだ欧州市場に出ていない「日本の食材」をどの様に当地の人々に受け入れてもらえるのか? 受け入れてもらえるにはどうすれば良いのか?を食文化に関係する事業者の相談に親身に乗って、協力していくことです。」
日本食といえば90年代は鉄板焼き、2000年代に寿司、そして現在ドイツだけでなく欧州ではラーメンブーム。 レストランTOSHIでは独自で製麺機を導入し、バイエルンの小麦と日本の小麦を絶妙に配合してハイブリッド麺を完成させました。 ラーメンだけでなく、まだドイツでは定着しきっていないうどん麺もTOSHIでは好評を得ているとのこと。 すでに人気の高いメニューだけにこだわらず、変化を恐れずに柔軟に対応していくことで、日本食の新しい魅力を絶えずドイツに発信しています。
ビジネスとしてレストラン TOSHI が成功した理由はいくつもありますが、最も重要な点は、地道な活動と誠意ある食とサービスの提供です。 次に大事にしたのは人との繋がり、日本人とはもちろん、現地ドイツ人との関わりも自ら持てるようにコミュニティーに入っていくことです。
さらに、小畠さんが行ったのは最初の宣伝にしっかりと力を入れること。 クチコミだけでも広がっていきますが、緩やかに広がっていくのを待つだけでなく、スピード感を大事にすることも必要です。 宣伝を見た来客者が良い体験をすれば、クチコミとして広げます。 クチコミを聞いて宣伝を見れば、より興味を持って加速的に広がっていきます。
来店されたお客様はもちろん、独自に作りあげたドイツ人や日本人とのコミュニティーから、どんどん様々な可能性につながっていく事を大事にする事で、新たな広がりを見せていきます。
小畠さん:「就職した瞬間から一人前のプロであるということの自覚があり、これまでに(日本でも別の国でも)しっかりとした経験と実績に加えて、さらにドイツでも腕試しをしたい、新しい可能性を身につけて力をつけたい、という目標がある事。 加えて、新しい観点を持った方はドイツでもきっと重宝されると思います」
運営者としてなら、さらにドイツという文化に慣れ親しむこと。 ドイツ人との折衝にも耐えられること。 なによりもドイツに住む万人に受け入れられ、認められるための努力を惜しまないことなど、重要なキーポイントになるのではないでしょうか。
TOSHI Restaurant & Bar 代表取締役社長 小畠 利雄 氏 | |
生年月日 | 1967年 11月21日 |
出身地 | 大阪府 寝屋川市 |
これまでの略歴 | 1987年03月 大阪あべの辻調理師専門学校卒 1987年04月 大阪あべの辻調理師専門学校フランス校入学 1987年09月 同校卒 1987年10月〜1988年09月 西宮苦楽園ビストロドペリゴール 1988年10月〜1991年08月 大阪サントリー鉄板焼レストランRIO 1991年09月〜キッコーマンレストラン大都会ケルン店 1994年〜 同ベルリン店 1997年〜 同デュッセルドルフ店 1998年〜 同ミュンヘン店 2002年09月〜 TOSHI Restaurant & Bar 開業 |
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